「音読できる」はいつか「話せる」になるのか

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つぎのようなブログがありました。

ドタバタな中ですが、今週は2カ所で計5人の方の授業を観る機会があり、いろいろ刺激を受けたので、ちょっとだけ振り返り。自分でも授業をする生活に戻ったので、自分の授業を観る目がまた昨年までとは違う気もします。

さて、奇しくも2カ所それぞれで、2年生で同じSpeakingセクションを扱った授業を観ることができました。新教科書は技能的に絞った(あるいはもちろん統合的な技能連携を狙って複数の技能をターゲットにした)ページが多いですよね。今回の授業は、電話で友達を誘い時間や場所などを決める内容でした。

最初に参観したA校の授業は、徹底した、そして丁寧な音読練習で「台本」である教科書の会話文を正しいリズムと発音で読めるように指導していました。生徒の発音が奇麗で本当に感動しました。地道にやってればああいう音が育つんですね。

最終的には場所や時間の部分を取り替えて、ペアやグループで会話するところをゴールに設定していましたようです。授業では都合により「一人スキット練習」まででしたが、この先生の授業では、おそらくこの内容を帯のように扱うか、少なくとも継続的に何度か取り組んで、最終的にはテーマだけ与えて自由度の高い会話活動をさせて、その会話を録音して評価、という流れになるんだと思います。だからなのか、今回の授業では「話す」というより「読む」練習がメインでした。

そして今日参観してきたB校では、「まずは相手が言ってることが分からないと、会話にならないから」ということで、このページをリスニング教材として活用。speakingのためのページではあるけど、「聞く」活動重視の構成でした。こちらも3時間扱いの中の1時間目でしたので、今後は「話す」に移行するということ。

さて、2つの授業に共通していたのは、会話表現の詰まったspeakingセクションの指導で、必ずその会話文を「読む」という作業があることです。当たり前と言えば当たり前なんですけど、よく考えたら、小学校の外国語活動では文字を使えないタテマエ上、基本的には文字による台本なしで会話活動をやっています。耳で覚えた文を言ってるだけ、とも言えますが、少なくも台本を文字では与えられてないから、読んでるわけではない。「話す」というよりは「言う」に近い感じ。でも中学生になると、どうしても「言う」どころか「読む」ばかりかも。うーん、これでいいのかな?

もちろん、小学生よりは長いセンテンスも難しい語彙も含むのでしょうけど、本来小学生とは違って文構造を理解しているので、自分で文を組み立てながら話すことができる(はず、というかそれを目標にしている)んだから、台本を与えて会話ごっこをする必要はない、とも言えますよね。

でも、自分の指導を振り返ってみても、会話表現を何度も読ませて、覚えさせて、最終的には文字がなくても「言える」レベルまで高めよう、という順番で指導してきたように思います。

それはどれほどか訓練を繰り返せば、頭の中にある文字を「読む」レベルや、覚えた言葉を「言う」レベルを超えて、自律的に「話す」レベルまでたどり着けるのでしょうか。そんなことをふと考えました。いや、今まではそう期待してたんだけど、本当にそうなるのかなぁ、という素朴な疑問です。

別に定型表現を教えない方がいいとか、会話例をまったく示さないべきだ、という意味ではありません。ただ、最初に文字で提示してしまうことが中学校では多すぎる気がしたんです。文字なし、もしくは、文字は後で示すようなやり方じゃ、会話表現は定着しないんですかね?

じゃ具体的なアプローチは?と聞かれると悩ましいのですが、ヒントは小学校にあると思います。絵や記号などを使って、会話のディスコースを可視化しておくのもひとつの手でしょう。各センテンスの最初の語やキューになる語彙だけディスコース順に提示しておくのも中学生らしい手かもしれません。

あとは、与えられた「定型」を何も考えずに覚えることよりも、ディスコースの流れをじっくり考えるプロセスも大切かな、と感じています。意味やコンテクストが大切になるでしょうね。そういう意味では、会話文の流れを即座に考えて選ぶようなトレーニングも必要でしょうね。昔懐かしい「アドベンチャーゲーム」「ゲームブック」みたいなイメージ。中学生くらいであっても、「適切な会話のための知識・理解」みたいなメタな学習段階がどこかで必要な気もします。

音読で文字を音にするのは誰でもできます。しかし、英語を話すのは反復練習をして自動化されていないと、瞬間英作をやっている事になります。英語を話すと言う事はいい加減な英語を作る事ではなく、自動化された言葉を発する事です。

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