対訳法と直接法

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伝統的な外国語の教授法として最もきわだった対立が見られるのは、対訳法と直接法です。対訳法というのは、外国語を学習者の母国語またはそのほかの外国語に訳して教える方法の総称です。それに対して直接法というのは、外国語の訳を介在させずに教える方法の総称です。対訳法は、訳読法とも翻訳法とも言われます。

しかし訳読法には読解のみに限るという響きがあるので、総称としては好ましくありません。翻訳法という名称も、一般の翻訳を連想させるので良くありません。いわゆるいい翻訳といわれるものは、原文のおもかげを残しておりません。言い換えれば直訳臭のない訳です。翻訳は初歩の学習者を対象としますから、授業で用いられる対訳とは違う意味があります。対訳法は長い間、外国語教授法の一般的な方法とし広く使われてきました。

外国語は対訳によって学習するのが一般的です。たとえば早稲田大学では「30か国からの外国人学生が日本語を学んでいます。」と言うと、「30か国語を使って教えるのはたいへんだろう。」思う人が多くいます。

このような場合の外国語の授業といえば教室でテキストを各自が母国語に訳すことに終始し、目で原文を追いながら教師の模範訳を耳で聞くという言語活動の練習をする事だと思われています。

外国人に日本語を教える仕事をしたいと言ってくる人たちの中にも、このような考えしか持っている人が少なくありません。外国の書物によって外国の文明を学ぶ、いわゆる洋学のために外国語を学んだ幕末や明治の初期には、対訳による外国語学習が学問への道とされていました。

それに対して、外国人との交渉のために外国語を学ぶのは学問とはほど遠いものです。解体新書の翻訳にも見られるように西洋の知識はもっぱら書物によって学ぶものとし、口頭実用語学は通詞に任せておけばよいとされていました。しかし、長崎でオランダ入からオランダ語を、学ぶ者は日本語の訳を与えられることなく教えられていました。つまり直接法が取られていたのです。

直接法では、一般に対訳は必要最小限にとどめ、音声でなく文字で与えます。教科書や単語帳などに対訳が与えてあっても、教室では新出語について、直接法的な方法で提示を行います。

文法は日本語で説明できる程度まで進むのを待って帰納的に説明します。その際必要な文法用語は対訳を示して教え、以後は日本語の用語を使用するといった方法が採られています。

直接法は伝統的な教授法のアンチテーゼとして現われてきました。外国の目本語教育や国内の外国語教育では、対訳法が依然として健在です。それには前に述べたような理由もありますが、ネイティブの教師が足りなくて直接法的な方法が行なません。また授業時間が少なくて、直接法を行なっても効果が期待できない事も事実です。

それに反しで、国内の留学生教育などで、学習者の母語がまちまちで、しかも教師と学習者のあいだに共通の第三言語がなで場合には、直接法を採ることに議論の余地はありません。このような場合には、対訳法か直接法かの選択の余地はありませんのです。

しかし、すでに述べたように、対訳法にも直接法にもそれぞれに弱点があります。

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